受賞作品展⽰ 作⽂部⾨
令和5年度(第60回)受賞作品

※一部表示ができない漢字表記は標準漢字又はひらがな表記してあります

全国都道府県教育長協議会会長賞

気持ちの向こう側

愛知県 岡崎市立竜美丘小学校 6年

金谷 紗菜

 「学校に行きたくない。」
小学校五年生の二学期、私の中に小さな感情が芽生えました。初めは小さいものだったけど、あっという間に大きくなっていきました。
 「どうして行きたくないんだろう。」
私は考えました。友達もいるし、授業にもついていけていると思います。なにか理由が思い当たるわけではなく、自分でもうまく説明できません。
 「大きな理由があるわけではないから、また学校に行きたくなるはず。」
そう思うことにしましたが、それは叶いませんでした。それどころか、苦しい、つらいという気持ちばかりが増えていきます。
 インターネットでも、解決する方法を調べてみました。思い切って休んで、ゆっくりしてみるといいと書いてありました。でも、その通りにしたら、もう学校に戻れなくなってしまうかもしれないという不安がありました。インターネット上には、私がまた学校に行きたくなる方法は見つかりませんでした。
 そうしているうちに、教室に入れなくなり、保健室で過ごすようになってしまいました。保健室では、ベッドで横になっていたり、保健室の先生のお手伝いをしたりしていました。私は、みんなと同じように授業をうけていないことが、悪いことのように感じていました。実際に、保健室で過ごしている私を見て、
「休めていいな。」
とこっそり話している子もいました。私も、逆の立場だったら同じように思ってしまうかもしれません。でも、その言葉は私の心に重くひびきました。
 保健室の先生は、いつも私を優しく受け入れてくれていました。先生のお手伝いをするといつも笑って
「紗菜ちゃんありがとう。」
と言ってくれました。「悪いこと」をしている私が、先生の役に立てるということが、とても嬉しかったです。教室に行けない後ろめたい気持ちを、先生の言葉がやわらげてくれました。
 しばらくすると、一日のうちに少しだけ、教室で過ごせるようになりました。
「好きな時間だけ教室に来ていいな。」
という声も少しだけ聞こえて、悲しくなりましたが、私は逆にこう思うことにしました。
「もし同じ立場の子がいたとしたら、私はその言葉を言わないでおこう。」
 だらだらしたいから、保健室にいるわけではないのです。本当は、みんなと同じように教室に入って、笑って過ごしたいのです。でも、なぜかそれができない私からしたら、私の行動はうらやましいものではありません。人の気持ちを知ることは難しいことだと思います。だからこそ「想像する」ということを心がけたいと思いました。
 その頃、お母さんが担任の先生と協力をして、ある作戦を思いついたようです。それは、私が朝早めに登校して教室に入るというものでした。私は、みんながいる教室に入る瞬間が苦手でした。いつも教室にいるわけではないので、教室に入るときに、クラスの友達が何気なくこちらを見ていることが気になってしまうからです。みんなより早く教室に入っていれば、少し気が楽になるだろうと考えたようです。早速、実行しました。
 朝早めに昇降口に着くと、偶然同じクラスの友達に会いました。その友達は、そっと私と手をつないでくれました。それでもなかなか勇気が出ずにとどまっていると、別の友達が来て、もう片方の手をつないでくれました。そのあとも友達が来てくれて、たくさんの友達に囲まれて、なんとか教室に向かうことができました。
 それから、友達と手をつないで一緒に教室に向かう日が続きました。寒くなってからも毎日続きました。昇降口で私を待ってくれている友達の手が、日に日に冷たくなっていきました。なのに、いつも笑顔で私を待っていてくれている姿に、私は勇気をもらえました。友達の手はみんな、冷たいのに、とても温かい手でした。
 二学期の終業式の前日、私は友達に手紙を書きました。
「毎朝私を待っていてくれてありがとう。もう一人で教室に入れるよ。」
もう大丈夫だという決意を込めて書きました。友達は嬉しそうに受け取ってくれました。
 少し落ち着いたころ、学校に行きたくなかった理由が少しずつわかった気がしました。
「忘れ物をしてしまった。」
「英語のテストがあまりできなかった。」
「部活がうまくいかなかった。」
「塾や宿題で忙しく、疲れていた。」
ひとつひとつは小さくても、かけ合わさって大きな感情になってしまったのだと思います。自分でもおどろくほど、あっという間のできごとでした。でも、友達と手をつなぎ、ぬくもりと勇気をもらい、少しずつ前を向くことができました。
 そして、六年生の一学期が終わりました。相変わらず英語は苦手だけど、毎日教室で楽しく過ごせました。学習発表会の実行委員に立候補しました。たくさんの先生や友達に支えてもらい、私はまた学校が好きになりました。今、私は私のことが好きです。
 誰もが、疲れたり、つまずいたりしてしまうことがあるかもしれません。そんなときに誰かが少しでも想像してくれたり、寄りそってくれたりしたら救われることもあると思います。
 教室に入れない時期はつらかったし、たくさん泣いたけど、言葉の重さや、人の温かさを知ることができました。あのときの手の温かさは、きっと忘れないと思います。そして、もし困っている子がいたら、私はその子の手をつないであげたいです。それができる自分が、これからのなりたい自分です。

全文を見る